戦後最大の未解決事件をモチーフにした小説「罪の声」 映画との違いも【本・感想】

今回は塩田武士さんのサスペンス小説「罪の声」をご紹介したいと思います。

罪の声は2016年週刊文春ミステリーベスト10国内部門1位第7回山田風太郎賞を受賞しており、2020年には映画化もされました。

この小説でモチーフとしているのは実際に日本で起こったある未解決事件です。
日本中を巻き込んだ未解決事件に対して「もしかしたら事件の真相はこうだったのかもしれない」と思わせるようなリアリティのあるこの本の魅力をご紹介していきます。

あらすじ

35年前に戦後最大の未解決事件と称される食品会社を標的とした脅迫事件がありました。
この事件で現金引き渡しの指示に使われた子どもの声を録音したカセットテープが、京都でテイラーを営む曽根俊也の家から出てきます。
このカセットテープの声が子どものころの俊也の声だと気づき、自分と事件のかかわりについて調べ始めます。
ちょうど同じころに大日本新聞の記者である阿久津英士もこの未解決事件についての特集を組むことになり取材をはじめ…

俊也をはじめとした知らないうちに「声」を利用され事件に関与してしまった子どもたち3人の人生、35年経った今真実を解き明かすことは正しいことなのか、2人がたどり着く真実を描いた小説です。

モチーフは実際の事件

罪の声のモチーフは実際にあった「グリコ・森永(グリ森)事件」です。
これは1984年と1985年に食品会社を標的とした企業脅迫事件のことです。

始まりは1984年に江崎グリコ社長を誘拐し身代金を要求するという事件がありました。
その後犯人グループは江崎グリコを脅迫、そして脅迫は他の食品メーカーに広がっていきました。
犯人グループは現金の引き渡しを要求し、指示を録音したテープや指示書を使って引き渡し場所を転々と変えましたが、最終的に現金の引き渡し場所には犯人は現れず捕まらないまま現在に至ります。

脅迫の中にはお菓子に毒物の青酸ソーダを混ぜたというものがあり、実際に青酸ソーダ入りお菓子が見つかっています。
これにより狙われた企業の商品はことごとく売れなくなり、多くの社員やパートが解雇されるまでになりました。
脅迫があと数週間続いていたら大手の企業も持たなかっただろうと言われています。

お菓子の箱に透明なビニールの袋でパッケージングされるようになったのもこの事件がきっかけです。

このように日本中を巻き込む大事件となったにもかかわらず未解決のままの事件であることから「戦後最大の未解決事件」として扱われています。

徹底的な史実再現によるリアリティ

作中では「ギンガ・萬堂(ギン萬)事件」という架空の社名に変えて扱われています。
塩田さんは罪の声を執筆するにあたってこのグリ森事件について徹底的に調べられており、1984年から1985年の新聞にはすべて目を通しているそうです。

そのため事件の発生日時や内容、脅迫状(挑戦状)などは極力史実通りに再現されているそうです。
塩田さんはここまで徹底的に史実に沿った内容にしたことに対し、あとがきで「この戦後最大の未解決事件は『子どもを巻き込んだ事件なんだ』という強い思いから、本当にこのような人生があったかもしれない、と思いえる物語を書きたかったからです。」と書かれています。

これによって塩田さんが書かれている通り小説というフィクションでありながら、事件の真相は本当はこうだったのではないかと思わせるようなリアリティを感じる内容になっていました。

映画について

本作を原作とした映画が2020年10月30日に公開されました。

メインキャストは事件の真相に迫る新聞記者の阿久津英士を小栗旬さん、子どものころ声を事件に利用されたテイラーの曽根俊也を星野源さんが演じています。

感想としてはめちゃくちゃ面白かったです。

まずはW主演の小栗旬さんと星野源さんの演技力の高さを感じました。
それぞれの思いや葛藤などがひしひしと伝わってきて、物語の世界観にどんどん引き込まれていきました。
またお二人とも関東出身なのですが小栗さんは関西弁、源さんは京都弁をとても自然に使われていてさすがだなと思いました。
ちなみに源さんは京都弁の独特のアクセントに結構苦戦されたとラジオで話されていました。

上映時間は142分とちょっと長めですが、原作のボリュームが相当あるためこれでもかなり削っています。
ですが原作の大切な部分はしっかりと残して、かつ映画としても面白いようにまとめられているのは監督の土井裕泰さんと脚本の野木亜紀子さんの力だと思います。

原作と映画どちらから入っても楽しめますし、その後にもう一方を読んだり観てもまた楽しめます。
とにかくどちらも面白かったのでおすすめです。

ちなみに映画化を記念して特別なカバーがかけられていました。

原作と映画の違い

原作と映画の違いを物語の核心のネタバレなしで簡単にご紹介します。
ただ一部物語の流れがわかってしまうところもあるかもしれないので、気になる方は読み飛ばしてください。


基本的な話の流れや重要なポイントは同じなのですが、ところどころ違いもあります。
細かな違いはたくさんあるのですが、大きな違いは以下の3つだと思います。

  • 前半の曽根俊也が聞き込みを1人で行うか2人で行うか
  • 阿久津英士と曽根俊也が2人で行動するパートのボリューム
  • 事件の真相に迫るまでの聞き込みの順番

まずは1つ目の「前半の曽根俊也が聞き込みを1人で行うか2人で行うか」です。
原作では俊也は亡き父の幼馴染で京都市内でアンティーク家具商を営む堀田信二という人物と2人で事件について調べ始めます。
ですが映画では堀田は登場しません。
原作を読むと堀田はとてもいい叔父さんだったので、ちょっと映画でも見てみたかった気はします。

次に「阿久津英士と曽根俊也が2人で行動するパートのボリューム」です。
こちらは原作では阿久津英士と曽根俊也は別々に事件を調べるパートが多く、2人で共に行動するのは全7章中の1章のみです。
一方映画では結構一緒にいるパートが多い気がしました。どちらかと言えば個別で調べるパートが削られていたので2人のところが多く感じたのかもしれません。
ここはダブル主演を活かせる配分で、時間が限られる映画での魅せ方がとてもうまいなと思いました。

最後の「事件の真相に迫るまでの聞き込みの順番」ですが、これに関しては結構物語の核心の部分なのでここでは詳しく書きません。
ただ特に違ったところは阿久津が2回目にイギリスに行ったタイミングです。

まとめ

文庫本で500ページを超える大作なのですが、読み進めるほど引き込まれていき気が付いたら読み終わってしまうと思います。
実際の事件をリアルタイムで見ていた人々にはもちろん、私のようにそのころはまだ生まれていなかった人でも楽しめます。

みなさんもぜひ読んでみてください。